好きなものいっぱい(空を抱く黄金竜)

 世界に名だたる武闘集団、シルヴェストロ国騎士団の新年は大騒ぎで始まる。
 国や王に仕える騎士とくれば生真面目で礼節を重んじるという印象が強いが、強さが尺度になっているこの国ではほとんどの国で当てはまるその定義はあまり重要視されない。何しろ血統こそそれなりに重視はされるものの、直系傍系問わず、強さとある程度の知性としたたかさを備えた者が国王に「据えられる」のがこの国なのだ。
 無論、典礼儀式その他に並ぶことを踏まえて最低限の礼節を身に着けているのは間違いないのだが、普段の生活の中でそれらを披露する場面が少ないのをよいことに、皆が皆、自由に過ごしているのがシルヴェストロ騎士団なのである。
 そんな騎士たちが一同に会せばどうなるかというと――。

「俺がいない間に賑わってるじゃねえか」

 前国王で現団長のフェイツランドは誰にともなく呟いた。天井が高い吹き抜けの大きな食堂の入り口に立ったまま、銅色の髪をぐしゃぐしゃと掻き回し苦笑を浮かべる。
 いつもと言えばいつもと同じ光景ではあった。思い思いの場所に陣取って、料理を食べ、酒を飲む。大きな笑い声、怒声混じりの小突き合い、そしてそれを宥める声、賑やかな笑い声。テーブルを殴るような音がしているのも、端の方に壊れた椅子が無造作に積まれているのも、シルヴェストロ国騎士団の中では極々普通のことだ。希望的観測に過ぎないが、自国の当たり前が他国でも通じるとは思っていない……はずである。
 普段よりちょっとばかり賑やか過ぎるような気はするが、フェイツランド自身が賑やかなのは嫌いではないから、もっと盛り上がれとは思っても沈静化させようなどは決して思うことはない。

「ま、新年だしな」

 そう、新年なのだ。新しい年が始まるこの時を暴れるほど元気で過ごせることを歓迎こそすれ、咎めるなど無粋な真似は絶対にすべきではない。たとえ新しい年を迎えて既に二日に入っていようとも、長い一年の最初の数日程度の誤差は気にしてはいけないのだ。
 昨日今日と城での式典に駆り出されていて、食堂でのこの騒ぎに乗り遅れてしまったからでは決してない。

「あ、団長だぁ」

 こちらを振り仰ぐようにして掛けられた間延びした声の主は第二師団長マリスヴォス。頬を機嫌よく上気して赤く染めながら、フェイツランドに向かって握ったグラスを掲げる。普段は頭の上で一つに結ばれているだけの長い髪も、今は何本も作られた三つ編みが至るところから飛び出していて、おまけに花やら木の枝などが差し込まれていて、とんでもない芸術作品が出来上がっていた。

「早く早く。こっちにおいでよー」

 マリスヴォスは隣で酔い潰れてテーブルに突っ伏していた男を片腕で払い除けて床に落とすと、自分の隣に座るよう手招きする。

「今ねエ、飲み比べしてて十六連勝中だったんだあ」
「おう、そりゃあ結構いい線いってるじゃねえか」
「でしょ、でしょ。ほらほら、団長も飲んで飲んで」

 マリスヴォスの足の下というか、テーブルの下には無残に敗れた男たちが赤い顔で何人も転がっているが、どの男の表情も幸せそうだ。酒瓶に口づけを繰り返す者、泣きながら恋人らしき人物の名を呼びながら床に向かって頭を下げている者、マリスヴォスの足にしがみついては蹴られながらも表情が緩んでいる者などは一例に過ぎず、そっと目を背けたくなるような様子の者もいたりと実に様々だ。
 当たり前ではあるがフェイツランドが彼らに配慮することはない。ちょうどいいとばかりにテーブルの下でムニャムニャ寝言を唱える男を足置きに、勧められるままドッカリと椅子に腰かける。
 すかさずマリスヴォスが空いたグラスを手にし……「んん?」と小首を傾げた後で、それを下ろして空になった水差しを引き寄せ、フェイツランドに押し付けた。
 そして、

「遅れて来た団長には、これくらいかなあ」

 などと言いながら、長いテーブルのど真ん中に据え置かれた酒樽からドボドボと酒を注ぎ入れる。
 水差しと言っても小さなものではない。よく食べよく飲む騎士専用の食堂に置かれているくらいだから大人の手のひら二つ分の高さがあり、つまりは酒瓶よりも大きく、花瓶と言って納得されるほどの大きさだ。酒樽から直接注ぎたくなるのも道理……というか、水差しなので酒を注ぎ入れるための容器ではないのだが、酔っ払いに道理を説いたところで理解出来るはずもない。

「ささ、団長ぉ、どうぞどうぞ」
「おう、有難くいただくぜ」

 並々と注がれたグラスという名の水差しを軽くマリスヴォスが持つグラスに触れ合わせたフェイツランドは、一気に酒を喉に流し込んだ。

「おおー、流石団長、いい飲みっぷりだねぇ」

 パチパチと小さく拍手をするマリスヴォスの足元に転がる部下たちも釣られて同じように手を打つ。
 それに片手を上げて応えながら、フェイツランドはさらに呷って葡萄酒を飲み干した。新しい年を迎える前から続いての宴会で既に良い酒は飲みつくされた後なのか、それとも最初から酔っ払いに飲ませる「良い酒」だけ避難させ、安価で仕入れた葡萄酒ではあったが、会議だ新年の挨拶だ行事だと王族としての務めを果たして来た身には、安い酒でも十分に旨く、大皿に盛られただけのお手軽料理すら上品な会食に閉口していた口には有り難い。
 そのままフェイツランドは元水差し、現酒杯を傾けながら骨付き肉にかぶりつき、くるりと周囲に目を走らせた。
 こういう場に副長のノーラヒルデがいないのは付き合いの長さからわかっている。あの規範に厳格な男が酔っ払いに絡まれるとわかっていて姿を見せるはずがない。一応は年中無休奉仕の騎士団なので、危急の場合に備えて騎士団本部に詰めているのだろう。もしくは既に宵の口も過ぎた現在なら宿舎に引き上げたかだろう。
 新年最初の朝礼の場で、騎士全員がきつい一言を貰うのもまた例年のことである。
 ノーラヒルデのことは別によい。あれは黒竜にでも任せておけば嬉々として世話をするだろうから放っておいてよい。
 そうではなく。

「――いた」

 目的の人物の姿を発見し、フェイツランドの瞳がすっと眇められた。

「何? 団長どうかしたの?」

 フェイツランドの見ている方に顔を向けたマリスヴォスが「あ」と口を開けて破顔した。
 大柄な騎士たちが立ち騒ぐ隙間から見えた輝く金髪は、騎士団の皆に可愛がられ、それ以上にフェイツランドに愛されている少年の者であった。
 ひょこひょこと金色の頭が見え隠れしていることから察するに、厨房に近い窓際の場所の一定範囲を行ったり来たりしているようだ。
 割と初期から食堂に居座っていたマリスヴォスには、そこに何が置かれていたのかを思い出し、納得したように大きく頷いた。野菜たっぷりの肉の煮込みや茸入りの麺類に、柔らかなパン、それに果汁水や茶、菓子などが乗せられていたはずだ。
 新年恒例の宴会を知っている料理人は心得たもので、下戸な騎士や勤務開始が近い騎士たちが腹に入れて膨れる品を用意するのが常なのだ。そんな例年ではあるのだが、今だけでなく最近の食堂では菓子類が出される機会も多くなり、その種類も増えていた。
 その理由は、今は金色の頭しか見えない少年が、いつも頬を薔薇色に染めて「おいしいおいしい」と喜ぶのを知っているからに他ならない。

「坊やが好きそうなのを用意してそうだもんねえ」

 なるほどなるほどと一人納得したマリスヴォスは、行ってあげたら? とフェイツランドに向かってシッシッと片手を振った。
 最初から目当てが少年――エイプリルのフェイツランドなので、素直に水差しという名の酒杯を飲み干すと、潔く席を立ち少年の元へ向かった。途中、騎士団長の存在に気づいた酔っ払い達から勧められるまま酒杯を飲み干しては進むというのを繰り返していたため、短い距離にも関わらず側に行くまでに時間は掛かったが、全種類を食べつくす気満々だったエイプリルが移動していなかったため、簡単に腕の中に囲うことが出来た。

「楽しそうだな」
「あ、団長。もうお城でのお仕事終わったんですか?」
「おう。やっと終わった。正装しっぱなしだったせいで肩が凝っちまったぜ。それに年寄りの話の長ぇこと」

 だからちょっと癒させろと耳元に顔を寄せると、エイプリルは擽った気に体を捩った。

「もう、変なことしないでくださいよ。お皿を落としてしまうじゃないですか。このお菓子、最後の一個だったのをジャンニさんと半分こして手に入れた貴重なものなんですよ」

 顔をずらしてエイプリルの手元に皿に視線を移すと、干し葡萄たっぷりのケーキと型崩れた黄色いプティングと茶色のソース、それに白いクリームがちょこんと添えられていた。

「へえ、厨房の連中もこういう凝ったのを作るようになったんだな」
「新年だから特別だって言ってました。でも他にも作るのがあるから一日十個しか作れないらしくて、僕がここに来た時にはもう残り一個で、一緒に来たジャンニさんと分けたんです」

 青い髪のジャンニは少し離れたところに座って本部詰めの職員と話をしていたが、フェイツランドに気づくと軽く顎を引いて会釈した。自分で言うのもなんだが、癖が強い騎士たちの中で常識人に分類されるジャンニとは入団初期から武器のことなどで話す機会が多かったせいか、エイプリルが比較的よく話をする男でもある。
 ジャンニには軽く手を上げ挨拶を返したフェイツランドはひょいと皿に手を伸ばし、指でプティングを摘むと口に入れた。

「ああっ!」
「……甘いな」
「甘いお菓子だから当然でしょう! それよりも僕のお菓子をつまみ食いするなんて!」
「つまみ食いじゃなくてただの味見だろ?」
「僕のお皿から食べたんだからつまみ食いです。窃盗です」
「はぁ?」

 何を言い出すんだこの子はという胡乱な目をするフェイツランドの腕の中で、エイプリルはくるりと体の、向きを変え、向かい合うようにしてツンと顎を逸らしながらフェイツランドを見上げた。抱えていた皿の分、二人の間に隙間が出来てしまい、離れた温もりを残念に思う。

「いいですか、団長」
「……」
「返事!」
「あぁ……はいはい」

 気のない返事をするとエイプリルはぐぐっと眉間に皺を寄せた。それからフェイツランドの額をひとさし指で指そうとして、自分が不安定な姿勢で皿を抱えていたことに気づくと近くのテーブルの端に乗せた。しかし、説教をしたそうな割にエイプリルの目は皿の方へチラチラと向けられていて、少年の興味の大部分が菓子にあるのは明白だ。せっかく確保した残り一個の菓子を誰かに取られやしないかと不安なのだ。
 フェイツランドはエイプリルを抱えて運ぶと件のテーブルの端に座らせ、他のテーブルから椅子を二つばかり拝借して改めてそこに座らせた。
 ぱあっと輝いた表情は年相応というより幼げで、実は可愛いものが好きなフェイツランドも満足だ。元々恋人関係にある二人だが、食べ物とフェイツランドが並んでいた場合、高確率でフェイツランドが負けることが多いので、自分に笑みを向けさせることに成功したのを内心喜んでもいた。

「それで? 俺に何か文句があるんじゃなかったのか?」

 テーブルに片肘をつき、覗き込むようにエイプリルを見ながら言うとエイプリルは空色の瞳をパチパチと数回瞬きさせ、「あれ?」と首を傾げた。

「……とっても重要なことを言わなきゃいけなかった気がするんだけど……」

 つまりはほんの僅かの距離を移動する間に忘れてしまったらしい。「窃盗」という物騒な言葉を、フェイツランドはしっかりと覚えているがわざわざ教えてやるつもりはない。それよりは、エイプリルが機嫌よく笑っているのを見ている方がよい。ちょっと揶揄っただけで顔を真っ赤にしたり、唇を尖らせて文句を言うのも可愛いが、せっかく菓子で上機嫌になっているのだから話題を引き戻すのは無粋というものだ。

「忘れちまったんなら大したことじゃなかったってことだ。それより、ほら、これを食うんだろう?」

 皿に乗っていたスプーンとフォークのうち、フォークを手にしたフェイツランドは干し葡萄や乾燥果実が練り込まれたケーキを掬いとり、少し考えてクリームも一緒に掬いとってエイプリルに差し出した。
 条件反射というべきか、地道な餌付けが実を結んだのか、疑問に思うことなくエイプリルは大きく口を開けた。

「おいしい……」
「そうか。もっと食うか?」
「食べる」

 催促するように大きく開けたエイプリルの口に、フェイツランドは適度にゆっくりと餌……もとい菓子を与え続けた。フェイツランドが来る前に食べていたはずの肉料理や汁物などで腹が膨れているはずだが、菓子は別腹のようだ。
 クリームをつけたしっとりケーキを食べ終わると、最後まで取っていた黄色のプティングでこれもフェイツランドの手ずから完食した。

「美味かったか?」
「はい。とっても。団長は食べないんですか?」
「んー酒のつまみ程度でいいんだがな」

 言ってからフェイツランドはエイプリルに笑い掛けた。

「お前が食べさせてくれるのなら何でもいいぞ」

 無礼講状態で騒いだり歌ったり床に寝転がっている騎士が多いと言っても、一応は食堂で人の目がある場所だ。どうせ真面目なエイプリルは断るだろうから、そうしたら食べるものを大皿が器にでも取って部屋に戻って食べるのもいい。そのまま昨年末の夜勤やら祭事やらでご無沙汰だった恋人としての触れ合いに縺れ込めれば上々。
 そう考えていたフェイツランドの目の前で、

「はいっ! じゃあ今から僕がおすすめの料理を取って来ます!」

 威勢よく挙手するとエイプリルは料理が並ぶテーブルに駆けていった。何だ何だという気分のまま、欲張って大皿に盛りつけている少年の鼻歌でも歌っていそうな後ろ姿を眺めていると、

「団長」

 すっと側に来たジャンニがエイプリルを目線で指しながら言った。

「エイプリル、酔ってますよ。俺もさっき気づいたんですが、干し葡萄が入ってたやつ、かなりキツイ酒が仕込まれていました。甘い匂いで酒精には気づかなかったんでしょうが、酒に免疫がなければきついかと」
「……酒?」
「はい。子供も食べる菓子に使われる酒なのでそこまで強くはないと思いますが、人によっては」

 二人の目は、楽しそうに揺れるエイプリルの後ろ姿に注がれた。ふりふりと揺れる金髪の後頭部、小ぶりな尻も一緒になって歌っているようにも見えた。
 そんなエイプリルの隣に並んだ騎士に話し掛けられ、答える横顔はほんのり上気して赤く染まっている。

「食い物が嬉しくて赤くなっていたと思っていたが、酒だったのか」

 酒に飽きたのか、ひっきりなしにエイプリルに話し掛ける騎士たちを見て、フェイツランドは決断した。
 予定変更……ではなく予定通り料理と酒を持ち帰り、宿舎で過ごそうと。
 出来る男ジャンニにはフェイツランドの内心などお見通しだったに違いない。

「酒と料理はすぐに部屋の前にでも届けて置いておきますよ。先に回収した方がいいでしょう」

 その意見に否やはない。
 サッと立ち上がったフェイツランドは菓子が陳列する皿から焼き菓子を数枚掴むと、エイプリルの手から皿を取り上げて口の中にクッキーを押し込み、そのまま抱きかかえるようにして食堂を出て行った。文句を言い掛けた口を塞ぐために菓子を有効的に使うところは流石騎士団長、策士である。おそらくは宿舎に着くまで、雛鳥よろしくエイプリルの口には菓子が与えられ続けることだろう。

「なあ菓子は好きか?」
「好き」
「肉は?」
「とっても好き」
「プリシラは?」
「すごく好き」
「給金は?」
「大事にしたいくらい好き」
「俺は?」
「大好……あ」

 翌日、昼も遅くになってやっと宿舎から出て来たフェイツランドはすっきり爽快な笑顔で騎士団本部に出勤したが、少年が具合を悪くして寝込んでいると伝えたところ、副長ノーラヒルデに「ケダモノ」と蔑みの目を向けられてしまったのは、前科があるから仕方がない。

「いやだから、坊主のは二日酔いだって。まさか菓子で二日酔いになるなんてなあ。今頃は寝台の中で頭痛に唸ってるぜ」
「だが抱いたんだろう?」
「そりゃあ?」
「ならやはりお前のせいだな」
「何故!?」
at 2021-01-04-22:25 | SS その他

白くて丸くて(月神の愛でる花)

 サークィン皇国王都イルレーゼでも人気の菓子販売店、トーダの店。

「お? お? ……おおおおぉ!」
 
 菓子を並べた陳列箱のガラス面にぺたりと額をくっつけるようにしてへばりつく佐保を見るミオの目は、どこか生温い。護衛として付き添って店内まで入って来た副団長マクスウェルは声こそ出していないが、「ぶふ……っ」と吹き出した後は口を手のひらで押さえて、腹を抱えて笑いを堪えている。
 両者の反応は、どちらかと言えば大人しく控え目で、あまり突飛な行動に出ることのない佐保が、目を大きく見開き硬直したと思ったら、大きな歓声――申し訳ないがミオには奇声に聞こえてならなかった――を上げ、陳列台に突進するという、これまで見せたことのない姿を見せたからだ。そして、その奇行――くどいようだが日頃突飛な行動をせずゆったりとしている佐保なのでミオにはそう見えてしまうのだ――は今も継続中だ。

 例えるなら幼子が初めてみた玩具や菓子や動物に夢中になるように。
 何度「帰るよ!」と言われてもしがみつき、離れようとしない小さな子供のように。

 ガラスの向こうに立つ既婚のふくよかな女性店員の慈愛の籠った眼差しは、ミオが思ったのと同じことを思ているのだと伝えていた。
 彼女にとって佐保は偶にやって来るお得意さんであり、店の主トーダと彼の伴侶アンリスのように佐保の正体が皇妃だと知っているわけではない。だからこそ、小柄で童顔の佐保を成人前の良家の子息だと思っている節があり、時々おまけと称して菓子袋を押し付けるのもそれが理由だろう。ミオが遣いで来た時にはなく、佐保が直接店に来た時だけだから、間違いない。

 店員の横に立つ青年アンリスは、予想以上の反応に戸惑いを隠せない様子で、目を驚きに丸くしたまま笑みを貼りつけているという形容し難い表情だ。

「日下君は絶対に驚いて喜ぶはずだ」

 出来上がった菓子を前にした時の楽し気に目を細めた伴侶の表情を思い出し、「確かにナオの言った通りだ」と驚きつつも心の中で大きく頷く。

 サークィン皇妃を「クサカ君」と呼ぶのは、佐保と同じ稀人のトダ・ナオトだけだ。それにちょっと特別性を感じて軽く嫉妬を覚えなかったと言えば嘘になる。だが、今の皇国内には判明しているだけで二人しかいない稀人で、しかも同郷とあっては特別な繋がりがあるのは事実なのと、あくまでも同郷の友人という枠以外に他意がないのはわかっているので、最近では兄弟のような気持ちで眺めることが出来るようになっている。
 そもそもが佐保には、佐保を溺愛するサークィン皇帝という世界で五指に入る男がいるのだ。それがわかっていて懸想する人は早々いまい……と、佐保に懸想する男が実際にいることを知らないアンリスは思っている。

 そんな周りはともかく。

「サホ様」
 
 ミオの小さな咳払いと共に肩越しにそっと声を掛けられ、佐保はハッとした。慌ててガラスに貼りつけていた顔と手を離し、腰を伸ばして、にっこりと口角を上げ愛想笑いで己の行動を誤魔化しながら、陳列台の中を指さして説明した。

「あれなんですけど」

 佐保が指さしたのは、白い菓子だった。手のひらに乗る程度だから大きいものではなく、他の菓子と大して変わらない。ただ、他のものには飾りがついていたり見た目の配色にも工夫されているのに対し、それは白と緑と橙しかなかった。
 表面はつるんとして丸みを持つ平べったさで、大小のそれを二つ重ねた上に橙の飾りが緑の葉を模した模様の上にちょこんと乗っている。
 佐保にとっては見慣れた正月の風物、鏡餅である。

「僕の住んでいた国で、新年に家に飾るものなんです」
「飾りですか? 菓子を?」
「はい……って言っても、お菓子じゃなくてお餅という日持ちのする食べものなんですけど。穀類なのかな。それで本物はもっと大きくて、僕の頭くらいとか、それより少し小さいくらいが多いのかな」

 最近では目の前の菓子よりも少し大きいくらいの小さめのもあったり、逆にとんでもなく大きいものがあったりするが、佐保の中では頭より少し大きめが普通だった。

「飾る意味合いは神様の依り代だとかお供えだとかだったかと」

 祖父はそういうことに詳しかったが、佐保たち子供たちにとっては正月には鏡餅を供え、十日過ぎたらぜんざいや雑煮にして食べるということの方が印象強いものだ。もう少し文化に造詣が深ければいろいろ蘊蓄を語ることが出来ただろうと、もう少し学んでおけばよかったとこの世界に来て思うことは多い。まあ、それもないものねだりでしかないのだから、わかる範囲で説明するしかない。

「逆に僕も聞きたいんですけど、こういう稀人の風習は記録に残されていたりしないんですか?」
「どうでしょう。もしかすると残されているものもあるかもしれませんが、稀人が暮らしていた家や地方で引き継がれているくらいのような気がします」

 そういう場合の方が多いのだろうと佐保も思う。稀人は稀少性はあるが神聖視される存在ではない。他国はどうか知らないが、少なくともサークィン皇国では申請すれば生活の援助はされるだろうが、しないでひっそりと暮らした人も多かったはずだ。佐保自身も、メッチェ夫妻と出会わなければナバル村から出ることなく一章を終えた可能性は高い。佐保もレグレシティスも、たとえ時間が掛かっても絶対に出会ったはずだという意見は一致しているのではあるのだが。

 人気のトーダの店はいつも混雑している。店内で雑談するのも邪魔になるだろうからと、アンリスの案内で奥にある休憩部屋へと佐保たちは案内された。先ほどの鏡餅風菓子も一緒だ。
 少しするとアンリスがトーダを連れて部屋の中へ戻って来た。仕事用の白い上衣を脱いで座るトーダは、にこにこしている佐保を見て、深く笑みを浮かべた。

「気に入って貰えたか」
「はい!」

 同郷の誼のため、公的な場以外では佐保に対しても普通の口調で話し掛ける。佐保の方が相手が年上だとわかっているので丁寧口調だが、大抵の人にはこの話方なので、砕けろと言われた方が難しい。

「これ、何で出来ているんですか? お餅みたいですけど、そうじゃないですよね?」
「ああ。餅を作るほどの糯米は手に入らなかったから、白玉粉で代用した」
「白玉粉……ってお団子を作る時の?」
「そうだ。よく知ってるなあ。若い子は知らないと思っていた」
「うちはよく団子を作っていたから。僕もよく手伝っていたし」

 ぜんざいに入れるのは基本として、黄な粉をまぶしたり、黒蜜をかけたりしておやつとして食べていたものだ。佐保が住んでいた農村部の小さな町では割と普通に白玉粉は出回っていたものだ。

「出入りの卸店で粉になっているのを見つけて、糯米がなくてもこれなら求肥を作って丸めればそれらしくなると思ったんだ。求肥は?」
「知ってます、ぎゅうひ。和菓子とかアイスに使われているから、名前は知らなくても食べたことがある人は多いはずですよ」

 中に冷菓をつめこんだ雪見をしながら食べる大福は、どこの売り場にも必ずある定番と言ってもよい。
 佐保はそこで「ああ!」と胸の前で手を合わせた。

「それで見覚えがあったんだ……。形はお餅だけど見たことあるなあって。中身は?」
「さすがに冷菓の保存が難し過ぎてアイスクリームは詰め込めなかった」

 トーダは笑いながらフォークを手に取ると、皿の上の鏡餅風菓子を半分に割った。一つ、それから二つ並べ、中を佐保たちに見えるように示す。

「こちらが和風の漉し餡。こちらがクリームチーズだ。クリームチーズの方は常温だとすぐに食べた方がいいが、漉し餡の方は日持ちはする」

 橙色のミカンは小さめの星果実をそれっぽく色付けしたもので、葉っぱは同じ求肥を他の食材でそれっぽく染めたものだった。

「よく出来てますね」
「凝り出したら止まらなくなりそうだった」
「?」
「皇妃様、ナオはこの丸いお菓子だけじゃなくて、他にも飾りがたくさんついたのを作ろうとしていたんですよ。縄をたくさん買って来ていろいろ捻ったり、木材屋に行って切り株見ていたり」
「しめ縄と門松な」
「な、なるほど……」

 たぶん普通に本物っぽく作る分にはそこまで難しくもなく、材料さえ手に入れば労苦なく作れるとは思う。おそらくトーダは実物を見ながら菓子を作りたかったのではないかと佐保は思った。ただ、その過程でアンリスの制止が入ったか、本人が挫折したかだろう。背後で「縄? 扱い方なら詳しいぞ」などという不穏な声が聞こえたが華麗に無視だ。

「せっかくだから城に持って行こうかとは考えたんだが、アンが、雪も止んだしそろそろ買いに来るだろうと言って」
「私が言った通りだったでしょ」
「当たりましたね、アンリスさん」

 皇妃殿下を足を運ぶのを待つのはどうなんだとトーダは首を傾げているが、近いうちの来店が予想されるなら雪の中届けて貰うよりは佐保も気が楽だ。他の王室などでは認められないのかもしれないが、少なくとも佐保は急ぎでなければそれでいいと思う。トーダの店の菓子は城に献上するためだけに作られるのではなく、人々がおいしい物を食べて楽しめるためのものなので、佐保たちもそこに含まれているに過ぎない。

「新しいのが出来たらいつでも試食に呼んでください。駆けつけます」

 これは佐保の本心だった。
 店で食べていくかと尋ねられたが断わって、土産に鏡餅風菓子を幾つかと他の菓子も買い込んで佐保たちは城へ戻った。昨日今日と寒くはあるものの晴れ間が見えているため外出は出来たが、明日、早ければ今夜にでもまた雪が吹雪くようになる。日持ちのするものは、外出出来ない間の退屈を紛らわしたい人々の口を慰めてくれるだろう。

 途中で護衛の詰所によって菓子箱を渡し、本宮へ戻ったミオはキクロスに帰宅の報せついでに使用人の休憩室へ菓子を届けに行った。
 一人部屋に戻った佐保は、大事に抱えて来た菓子箱から鏡餅風菓子をそっと取り出し、常温保存が出来る中身漉し餡の方を皿に乗せ、卓の上に置いた。

「本当に良く出来てるなあ。本物みたい」

 留守番をしていた仔獣二匹を抱え、角度を変えつつ眺めて楽しむ。
 これはなあに? というように二匹が首を傾げるので、お飾りだよと説明するが、どこまでわかっているかは不明だ。二匹は白い餅部分よりも、葉っぱ色をした飾りが気になってようだ。草食幻獣らしい。

「佐保様、陛下がお戻りになられました」
「えっ、もう? 早いですね」

 ミオに扉の外から声を掛けられ、佐保は二匹をその場に残し、出迎えるために廊下に出た。すぐに騎士団長や護衛を連れたレグレシティスの姿が目に入り、佐保は笑みを浮かべた。

「レグレシティス様、お帰りなさい」
「ただいま、佐保」

 お帰りのキスを頬に受け、レグレシティスから上着を受け取りながら共に部屋に戻る。

「今日は早かったですね。まだ夕方前なのに」
「重要な案件の決裁が多くなかったからな。何かあれば吹雪だろうが深夜だろうが呼ばれるのだから、早めに帰れと言われた」
「宰相様に?」
「宰相に」

 レグレシティスは笑いながら寝室で部屋着に着替えるのを手伝っていた佐保の手を引き寄せ、軽く唇を合わせた。

「……レグレシティス様の唇、ちょっと冷たい」
「風が強くなって来たからそのせいだろう。お前はもう温かくなっていた。出掛けていたのだろう? 戻ったばかりと聞いたが」
「はい。レグレシティス様が帰って来るよりほんの少しだけ先に」

 話す二人の言葉は触れ合うほどに近づいた唇の間にある。
 ここで「お前の唇で温めてくれ」と言える皇帝、もしくは「僕が温めてあげる」と言える皇妃ならよいのだろうが、いつまでも経っても初々しさが抜けないと周囲が認める二人なので、そこまで色のある展開にならないのはお約束だ。
 辛うじて佐保が、

「まだ冷えてるでしょう? 夕食までまだ時間あるし、温かいお茶を飲んで温まってください。トーダさんのお店で買ったお菓子も見て貰いたいし」

 と、そこまで佐保が言ってレグレシティスの腕を引いた時である。

「あああああっ!! なんてことを……!」

 ミオの大きな悲鳴が聞こえ、レグレシティスが佐保を庇いように前に立って隣室に駆け込む。同時に廊下側からも扉が開き、まだ近くにいた護衛騎士と団長が駆け込んで来た。廊下をパタパタと走る音が聞こえるから、他の侍従や騎士もすぐに駆けつけて来るだろう。

「ミオさん? 一体何が……?」

 安全が確保されるまではと、レグレシティスの体によって未だ寝室から出られない佐保は、レグレシティスの体の横から顔だけ覗かせて、部屋の真ん中で悲壮な顔をしているミオへ尋ねた。
 レグレシティスや騎士たちは警戒しているが、佐保はそこまで警戒するような悲鳴には感じられなかったからで、実際、その予感は正しかった。

「佐保様っ!」

 ミオは卓の上を真っすぐ指さした。正確には、佐保が置きっぱなしにしていた鏡餅風菓子を。
 佐保は中腰だった背を伸ばし、視線でそこを見て、「あっ!」と声を上げた。

「グラス! リンデン!」

 その時にはレグレシティスも団長たちも状況の把握は出来ていた。現状をしっかりと目撃し、それから「ぷっ」と噴き出したのはどの騎士だろう。それとも扉の前に集まって来た侍従だろうか。
 佐保は立ち止ったまま笑いを噛み殺しているレグレシティスの体を押し退けるようにして寝室から出て来ると、大股で卓に近づき、呆れたように二匹を見下ろした。

「お前たち、どうしてそんなことになってるの……。もう、これ、取れなかったらどうするんだろう……」

 卓の上には既に鏡餅風菓子はなかった。いや、あるにはあるのだが原型をとどめていなかったというのが正しい。
 そこにあったのは、白い求肥に絡め取られたラジャクーンが二匹。毛並みのよいはずの体の至るところにくっついている求肥により、ベタベタと身動きできなくなっている。毛に絡み着いたそれを取ろうと二匹は奮戦しているのだが、余計にベタベタがくっついてしまい、おまけに中の漉し餡も加味されて、「幻獣の漉し餡と餅の和え物」が出来上がってしまっている。
 誰かが吹き出すのも当たり前の情けなさだ。ミオが悲鳴を上げるわけである。

「もう……どうしよう、本当に……」

 手に残骸がつくのも構わず佐保は二匹を両手で掬い上げた。

「これまた見事に塗れてしまったな。元は菓子だったのだろう?」
「そうです。レグレシティス様に見せようと飾っていたんですけど……。二匹を置いたままにしていた僕が悪いと言えばそうなんだけど、ちょっと予想外というかなんというか……」

 もうホントに……と溜め息を零せば、悪いことをしたつもりはないものの、おかあさんの佐保に呆れられるのは嫌なのか、グラスもリンデンもしょんぼりと項垂れている。

「後でしっかりとお小言だからね」

 代わりに洗うというミオや木乃の申し出を断って、佐保は二匹を連れて湯殿に用意された盥の中に二匹を入れ、しっかりと汚れが落ちるまで洗った。その間にいい時分になったからと、レグレシティスも一緒に入浴まで済ませたのだが、久しぶりに「おとうさん」と一緒に入浴出来て大はしゃぎの二匹は、洗われ中に叱られたことは抜けきっているに違いない。

「疲れた……」

 二匹を乾かして、夕食を済ませ、二匹を木乃が寝かしつけるため連れて行ってから佐保は、椅子に寛ぐレグレシティスに座り体を寄せた。
 夕食の間から降り始めた雪のせいで外は相当に冷え込んでいるはずだが、部屋の中は暖炉も併せて炊かれているため寒くはない。大好きな人と寄り添っているせいもあるだろう。
 佐保とレグレシティスから離れたところには、別に保管していた鏡餅風菓子が置かれている。明日の朝には透明のガラスの容器に入れて、二匹の手の届かない場所に飾られ、明日のレグレシティスの帰宅時に一緒に食べる予定だ。

「餡子が入ってるからレグレシティス様にはちょっと甘いかも。クリームチーズの方は平気だと思うから、そっちの方がいいかも」
「どちらでも。お前が食べさせてくれるのだろう?」
「そっちの方がいいなら、それでもいいですよ?」

 にぎにぎと繋いだ手指を絡めて甘えながら佐保は、故郷での風習について覚えている範囲でレグレシティスに語った。

 長いサークィン皇国の冬。
 新年の始まりも雪と共にある国で、静かに語り合いながら過ごすことが佐保の中でも当たり前になっていくのだろう。
at 2020-01-01-22:34 | SS 月神SS

縁起もの(ちいさな神様、恋をした)

 ここは山奥の幽世。神様たちがのんびりと過ごす津和の里。


「あ、葛ちゃん」
 鶏のコッコさんの背中に乗って軽やかに村の中を歩いていた葛は、自分を呼ぶ柔らかな声に、コッコさんの首につけていた手綱代わりの紐を引いた。きょろきょろと左右に顔を巡らし、見知った顔が左側の軒先にのんびり座っているのを見て破顔すると、そのままコッコさんの向きを変え、トコトコと椅子に座る青年の足元に駆け寄る。

「こんにちは、忠重さん」
「はい、こんにちは。葛ちゃん」

 穏やかに目を細めた青年は、自分の隣をポンポンと叩き、隣に座るように促した。
「コッコさんにはこれね」
 懐に手を入れた忠重はすぐに米をバラバラと地面に撒いた。コッコッと嬉しそうな声で鳴いて啄むのを見ながら、葛は忠重の手を借りて切り出し丸太の椅子にちょこんと座った。
 小さな花の神様である葛は子供の手のひらほどの大きさしかない。そんな葛の横に、忠重が自分が食べていた黄金色のとろとろした菓子の塊を小さく取り分けて懐紙に乗せて置いた。
 甘い砂糖の香りに、葛の目が丸くなる。

「きんとん!」
「葛ちゃん、きんとん好きでしょう?」
「はい、大好きです」
「いくらでもお代わりあるから、どんどん食べてね」

 小さな葛が沢山食べたとしても普通の大きさの人や神様の匙一杯がせいぜいなので、いくらでもどうぞと誰もが薦めるので葛も慣れている。村の神様たちは誰に対しても親切で遠慮がないので、厚意は素直に受けとっておくのが「貰い過ぎない」コツなのだ。
 忠重は葛が腰に括り付けていた小さな水筒にも茶を分けてくれた。

「ありがとう、忠重さん。この水筒もとっても便利で重宝しています」
「それはよかった」

 にこにこと笑みを乗せる忠重は、村の細工師だ。木工に彫金、大きなものから小さなものまであらゆる種類の工芸品を作って生計を立てている。基本的に自給自足の村の中、しかも神様なので自由気ままに好きな者を作っているだけなのだが、芸術肌というのか、葛の伴侶である画家の新市とも交流がある。
 小さな水筒に限らず、小さなお膳に小さな箪笥など、小さな葛の生活用品のほとんどは忠重の手によるものだった。まあ、小さな葛なので着物やその他、忠重以外にも協力者はたくさんいるのであるが。
 基本自給自足の村の中では、誰もが自然に助け合い補い合って生活している。
 細く柔らかな灰色の髪を山吹色の紐で結わえ、鳩羽色に薄鼠色の絣を散らした作務衣の忠重は鼠の神様で、一見すれば周りに埋没しそうな色合いなのだが、神様の例に漏れず非常に整った優し気な風貌の持ち主なので、それなりに目を引く。
 よくお蝶など村の話好きが世間話の一環として口にするのは「千世様はきつい美人で、忠重さんは正統派美人、志摩ちゃんはおっとり美人」で、葛は「ふ、ふうん?」と話を聞いてわかったふりをしている。今一つ、彼女たちの言うところの区別がよくわからないのだ。
 ちなみに葛は小さくても大きくても「可愛い枠」で決まっているらしい。参考までに外界へ出向いていることが多い山犬の神様伊吹に言わせると、「千世は厳格眼鏡教師、志摩は若女将、忠重はスマイルアナウンサー、万智はえ……女王様、葛は天然お嬢様」だ。万智の女王様の前には「え」で始まって「む」で終わる言葉がくっついていたが、櫨禅に耳を塞がれてしまって聞こえなかった。ちょっと残念。
 だがまあ、悪いことではないので気にしないのが一番なのだろう。
 並んで二人は最近の出来事を互いに語った。忠重は年末にかけて根付の依頼が大量にあって忙しかったこと、葛は新市と一緒に温泉に入りに行ったこと、犬姿の伊吹の肉球にガムがひっついて取れなくて苦労したことなど、日常的な話題を笑いながら、時に身ぶりを交えながら楽しく話す。
 ひと段落してお茶で喉を潤し、ふと忠重が袂に手を入れ、布袋を取り出した。その中から出て来たのは、様々な配色で組まれた組紐がついた根付だった。

「これ、葛ちゃんにもあげるね。葛ちゃんにはちょっと大きいかもしれないけど」
 ちりんと小さな鈴は紐の先端の小さな丸い鼠の首につけられていて、とても可愛らしい。
「わあ、かわいい……」

 葛は両手で桃色と紅の組紐の根付を両手で抱え、水晶の鼠の丸い背中を撫でた。人の手には小さな根付だが、葛にとっては両手で抱えるほどのもの。だが、水晶の割にとても軽く、なめらかで気持ちよい。

「ひやっこい……」
 頬をぺたりとくっつけると、ひんやりとして気持ちよい。夏には抱いて寝たら気持ちよさそうだ。
「嬉しいです、忠重さん」」
「喜んでもらえたらよかった。これ、年末に作ったものなんだ」
「お外に売るものではないんですか?」
「そうなんだけど、春先まではまだ作る予定だし、来年……あ、今年は縁起担ぎで鼠が人気だから、多く作ってて問題ないだろうって、マルクが」

 マルクとは神様たちの世界の中で西の方からやって来た灰色に黒の縞模様が美しい西洋猫で、忠重の家の居候だ。鼠と一緒に暮らす猫である。
 村の皆からはマルクという名前よりも「猫又さん」と呼ばれることが多いが、
「俺はケットシーだと何べん言えばわかるんだ。俺の尾は一本だ。二本の猫又と一緒にするな」
 と本人には不服だ。
 妖精猫というらしいのだが、村の連中にとっては同じ村に住むのだからどれにしても一緒なのだ。人間の新市もいれば、神様もいるし、普通の動物もいる。猫又や妖精猫がいたところで、本当に大したことはない。
 そのマルクは、人間の町の神社や社の幾つかに忠重が作った根付を卸しに晦日から里を出ていてまだ帰っていない。

「早く帰って来たらいいですね、マルクさん」
「うん、そうだね。あのね、おいしいものをたくさん持って帰るって言ってたよ」
「おいしいもの……なんだろう」
「僕はね、たぶんお魚だと思うんだ」

 葛はパチンと手を合わせた。

「ああ! そう言えばマルクさん、お魚が大好きだったですね!」
「でしょう? きっと大きなのだと思うんだ」
「でも大きいのは置き場所に困るかもしれないから、かつぶしかも。この間、千世様のところにお薬取りに来た時に、早苗ちゃんがお味噌汁作ってのをじっと見てました。あの時はかつぶしのお出汁だったし」
「かつぶしかあ」
「でもにぼしかも。時々ポケットからにぼし出して、ぽりぽり食べてるのを見たことあります」
「にぼしもありそうだねえ」
「絶対どっちかですよ」
「だよね」

 ちりん……と小さな音がして、二人ははっと顔を正面に向けた。
 果たしてそこには。

「シゲ、葛。お前ら……」

 首に鈴ならぬ、手首に鼠の根付を輪にして嵌めた猫が、口元をひくつかせながら立っていた。
 両手に抱えた袋からは甘くよい匂いが漂って来て、

「たいやき!」

 大小二人の神様の満面の笑みに、人姿の妖精猫は「はぁ」と大きく溜め息をつくのだった。


at 2020-01-01-20:18 | SS その他

赤金緑(月神の愛でる花)

「――ふふふ、これでよし、と」
 日当たりのよい居間の窓際の床にしゃがんでいた佐保の満足そうな声に、掃除道具を片付けて部屋に戻って来たばかりのミオが手にリネン類を抱えたまま首を傾げた。
「佐保様? 何をなさってい……あっ」
 佐保の背後から覗き込んだミオが小さく声を上げ、慌てて口を閉ざした。
 見下ろす先には、お気に入りの長靴の中から顔だけ出して眠っている二匹の仔獣――グラスとリンデンがいた。ふわふわの毛が内側に敷き詰められたいかにも暖かそうな長靴は、以前、佐保が贈答品で貰ったものの、結局足に合わずに履くことが出来なくなったものを革職人のタニヤが二匹用に改良してくれたものだ。二匹は冬になるとその中に潜って遊んだり、昼寝をしていることが多い。
 ガラスの向こうには雪が深く積もっているが、建物の中全体を暖気が巡っているのと、珍しく太陽が輝いているため、陽だまりの中はまるで春のような気持ちのよい温かさを覚える。
 少し離れたところでは青鳥シェリーが首を伸ばしたまま伏せており、久方ぶりの陽光を楽しんでいるようにも見えた。
 諸方面から届けられた贈り物を確認し、礼状を書き終えた佐保もまた、気持ちよさそうなグラスとリンデンに混じって日向ぼっこをしようと思ったのだが。
「グラスとリンデンを見てたらなんか急に思い出しちゃって。緑と金なんだなって」
 ミオはわからなそうにパチクリと瞬きしているが、これは仕方がない。
「僕のいたところでは、冬の時期になると大々的にする行事があって、それのイメージカラー……ええと、その行事に関連した色が赤とか緑とか白とか金色だったんです。そういうのを木に飾ったり、贈り物にしたり、飾り物の中で配色に取り入れたりですね。国や地方によって変わると思うから、絶対ってものじゃないんですけど。それで」
 佐保は日本でのクリスマス風景を語って聞かせた。佐保の住む町ではそこまで派手ではなかったが、都会は一斉に色をクリスマスカラーに変え、その時期は大いににぎわうこと。日頃は食べない料理に、誕生日以外でケーキを食べる唯一の日になる人も多かったことなど、とりとめもなく尋ねられるままに喋りながら、視線をふと外に向ける。
 外は冬で白い雪。窓辺には金色と緑色。それから、「これ」と佐保は贈り物を包んでいて、今は佐保によって長靴に結びつけられている赤い紐を摘み上げた。
「三色合わせて見ちゃったら、どうしても連想しちゃうんですよね」
 クリスマスカラー、と佐保は頭の中で呟いた。
 サンタクロースの赤、クリスマスツリーの緑、星のオーナメントや鈴は金色。他にもカラフルな飾りはあったが、佐保の中で印象が強いのはそのセットだった。
「それでちょっと飾ってみたくなって実行したら、思った以上に可愛らしく出来上がっちゃって」
 佐保はにっこりと笑った。
「なるほど。そうなのですね。佐保様の国の」
「元々は違った意味のはずです。僕もよくは知らないで、お祭りの気分だけ便乗していたようなものだから、全然詳しくないんだけど」
 もしかするとヨーロッパに長くいたことがある菓子職人のトーダ……戸田直人の方がその辺りは詳しいかもしれない。わざわざ確認しようとは思わないけれども。
 佐保は滑らかな手触りの仔獣の毛を指先で撫でた。
(起きたら赤いリボンを結んであげようかな。ちょっとだけおめかしするみたいに)
 そんなことを考えていた佐保は、同じようにミオが考え込んでいることにその時は気が付かなかった。

 気づいたのは翌日で、
「ミオさん、これ……」
 ふかふかの厚手の外套を着て、帽子に耳当てに手袋と完全防寒仕様で、登城するレグレシティスの見送りのため本宮の外に出た佐保は、目に飛び込んで来た景色に目を丸くした。
 雪かき済みのため転ぶことこそなかったが、ふらっと足を滑らせかけた佐保を支えるレグレシティスの顔にも苦笑が浮かんでいたことから、レグレシティス自身も知らなかったようだ。
「ご、ごめんなさい。ありがとう、レグレシティス様」
 礼を述べた佐保だが、すぐにまた庭の景色に見入ってしまう。
 寒い気候のせいか、落葉樹よりも針葉樹が多い皇国北部の礼に漏れず、奥宮の木も冬も濃い緑の葉をつけた針葉樹が多く植えられている。その、普段なら白い雪を被ってところどころに緑を出すだけの木が、今朝は一変していたのだから、驚くのも無理からぬというもの。
 白い雪をつけた木はいつの間にか装いを変えていた。幅広の黄色や赤の布がドレープを作って、襟巻きのように掛けられていた。一本ではなく、正面玄関を出て見える数本が皆同じようになっているのだ。中には星や鐘を垂らしたものもある。
「これって……」
 クリスマスツリー?
 目を丸くしたままの佐保の肩をレグレシティスが抱き寄せ、視線を横に向けるように促した。そこにいたのはミオで、とても晴れやかで満足げな表情で立っている。
「ミオさん……? まさか……」
 だが一人でこんなことが出来るはずもない。今朝もミオはいつものように佐保の支度を手伝ってくれたのだから。ちょっと指先が冷たく感じられたり、顔が上気しているなとは思ったが。
「実行者は別だな。佐保、向こうにいる」
 言われるまま少し背伸びして離れたところを見れば、気温零度以下の中、袖まくりして顔を赤くしている男たちが何人かいる。制服は着ていないが見慣れた顔が幾つもあるので、本宮周りの警護を担当している騎士や兵士なのはわかった。
 佐保に見られていることに気づいて笑顔になり、レグレシティスの顔を見て背筋を伸ばす彼らに、呆れたものやらなにやらで、だが温かいものが胸の内に沸いて来るのを感じて佐保は、両手で頬を抑えた。
「どうしようレグレシティス様、僕、嬉しくてたまらないです」
 ぽんぽんとレグレシティスの手が頭の上で跳ねる。
「ミオさん、ありがとう。あとで、皆さんに温かいものを」
「お任せください。既に用意済みです」
 有能な侍従は思い付きだけで行動する人ではなく、あとのことまできちんと考えてくれていた。

 夜にはいつもより少し豪華で、日頃は飲まないお酒も飲んだ。
 副団長に入れ知恵されたレグレシティスからは、佐保に何を贈り物にしたらよいか悩んでいると正直に打ち明けられ、「レグレシティス様がいるのが一番の贈り物です」と答えたが、後日、トーダの菓子店で日本風のクリスマスケーキが届けられた。

 佐保の中に、サークィン皇国でのクリスマスがもう一つの色になって焼き付いた。
 
at 2019-12-25-23:37 | SS 月神SS

雑誌リンクス9月号 表紙

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 「月神の愛でる花」陛下×佐保。
 表紙のみで、当該号に月神本編はなくて申し訳ありませんでした。
at 2019-10-17-19:59 | 雑記 etc